免疫とがん
がん免疫とがんの攻防
要点
◆ 「がん免疫療法」は、私たちの身体に元々あるがんと戦う免疫の力を高めてがんを倒す治療法です
◆ 私たちの身体の中では、日々、がんを攻撃する免疫細胞(樹状細胞、T細胞、NK細胞等)ががんと戦っています
◆ がん細胞は、「私たちの自身の免疫細胞」が「私たち自身の身体を攻撃しないための仕組み」を利用して、免疫細胞の攻撃を逃れています
「がん免疫」と「がん免疫療法」
人の体では、健康な人でも日々数千のがん細胞が発生していると言われています。
このがん細胞を日々排除し、「がん」の発症を最もダイナミックに制御しているのが、私たちの体に本来備わっている「免疫」という仕組み(以下、免疫)です。
この免疫は、日々体内に侵入した細菌やウイルスなどを「異物」として認識して取り除く役割をはたしています。
がん細胞は、もともと自分の細胞が変化してできたものですが、遺伝子の異常によって免疫に「異物」と認識されるタンパク質などを作るために、免疫によって認識され取り除かれています。
この仕組みを「がん免疫」と言います。
「がん免疫療法」は、この免疫のがん細胞を除去する「がん免疫」の働きを利用し、がんへの攻撃力を高める治療法です。
各免疫細胞の役割と「がん免疫サイクル」
「がん免疫」がはたらくプロセスとして下図の①~⑦が知られており、この繰り返しを「がん免疫サイクル」と言います。
がん免疫サイクルでは、まず死んだがん細胞からがんの目印となる欠片(がん抗原)が放出されます(①)。
そして、この放出されたがんの目印を「樹状細胞」が捕まえ覚え込みます(②)。
その後、樹状細胞はがん特殊部隊を教育する場所(リンパ節)に出向き、この目印を持ったがん細胞を攻撃するように「T細胞」を教育します(③)。
教育を終え戦う準備が整ったT細胞(細胞傷害性T細胞:CTL)は、がんの攻撃の特殊部隊として血管内を移動して腫瘍に向かいます(④)。
CTLは腫瘍近傍に到着後、腫瘍内部への侵入(浸潤)をはかります(⑤)。
無事、腫瘍内に潜入したCTLは、自分の覚え込んだ目印を持つ標的(がん細胞)を見つけ出し(➅)、攻撃を仕掛け対象を殺傷します(⑦)。
このようにがん免疫サイクルでは「T細胞(CTL)」と「樹状細胞」という免疫細胞が中心的な役割を担っていることがお分かりいただけると思いますが、がんへの攻撃で重要な役割を担っているもう一つの代表的な免疫細胞が「NK(ナチュラルキラー)細胞」です。
NK細胞は常に体内を広く循環し、がん細胞や細菌やウイルス感染細胞などの異常細胞を発見すると真っ先に攻撃を仕掛け殺す初動部隊です。
生まれつき(ナチュラル)外敵を殺傷する(キラー)能力を備えているため「ナチュラルキラー(NK)細胞(殺し屋細胞)」と呼ばれています。
CTLががんの目印を認識して攻撃するのに対して、NK細胞は「正常細胞の表面にある目印(MHCクラスⅠ)」が無い細胞を攻撃します。
細菌などの異物(非自己の細胞)以外に、私たちの正常な細胞もがん化やウイルス感染を起こすと「正常細胞の目印」が細胞表面から消えてしまう場合があります。
がん化した細胞から「正常細胞の目印」がなくなれば、NK細胞に外敵と見なされ排除されます。
このように私たちの体内では、がん免疫の緻密な監視と排除の仕組みが常に働きがんを抑え込んでいます。
がんの免疫逃避
これだけ精巧ながん監視と排除の仕組みが作動しているにもかかわらず、なぜがんになってしまうのでしょうか?
これは、次々と発生するがん細胞が年月をかけて私たちのがん監視と排除の仕組みである「がん免疫サイクル」と戦いながら、このがん包囲網を掻い潜る(免疫逃避)方法を模索し、がん免疫の仕組みを逆手に取る方法に行きついてしまうからです。
そして、免疫からの逃避に成功したがん細胞が増殖し、がんの発症や増大につながると考えられています。
ここで、がんのがん免疫への2つの代表的な免疫逃避方法をご紹介させていただきます。
1つ目に、がんの「免疫チェックポイント」の利用があげられます。これは現在、様々な種類のがんで標準治療として使用され効果をあげている「免疫チェックポイント阻害薬」の開発につながった仕組みです。
もともと私たちが持つ免疫という仕組みには、免疫が暴走して(本来攻撃対象ではない)私たち自身の正常細胞/組織を攻撃させないための免疫抑制の仕組み(免疫を暴走させない仕組み)が備わっています。
この免疫抑制にかかわる分子(PD-1/PD-L1やCTLA-4など)を「免疫チェックポイント分子」と言います。
この免疫の暴走を抑制する仕組みとして、がんの特殊部隊として活躍するCTLの細胞上には免疫チェックポント分子であるPD-1やCTLA-4があります。
この分子が他の免疫細胞上の分子(PD-L1やCD80/CD86)と結合すると、CTLは抑制され特殊部隊として働けなくなってしまいます。
要するに、CTLや他の免疫細胞は細胞表面に「手(分子)」のようなもの持っており、CTLと他の免疫細胞の特定の「手」がつながると、がん細胞殺しの特殊部隊であるCTLが抑制されて働けなくなるということです。
がん細胞はこの仕組みを利用して、CTLから攻撃を受けるとCTLの攻撃を抑制する分子(PD-L1)を細胞上に出し、CTL上の分子(PD-1)と結合して、CTLの攻撃にブレーキをかけることで、特殊部隊からの攻撃から逃れ増殖することが可能になっていると考えられています。
さらに、腫瘍の中に人質のようにとらわれているがん化していない細胞の細胞表面にも免疫チェックポイント分子(PD-L1)が強く発現しており、ここにCTLの分子(PD-1)が結合すると、がん細胞の時と同様にCTLの活性が抑制されてしまいます。
このがん細胞の免疫逃避への対抗策として登場したのが、免疫チェックポイント阻害剤(分子標的治療薬)です。これは、CTLの攻撃にブレーキをかけてしまう分子に蓋をしてしまうことで特殊部隊(CTL)のがん攻撃を再開させる治療法です。
現在、免疫チェックポイント阻害剤は複数の種類のがんで有効性が示されており、抗PD-1抗体や抗PD-L1抗体、抗CTLA-4抗体が臨床で使われています。
免疫チェックポイント阻害剤は有効な症例にはとてもよく効く薬剤ですが、有効な症例はまだ2~3割程度というのが現状です。
また、副作用もこれまでのがんの薬物療法ではなかった新しいものや重篤なものもあり、さらなる治療成績の改善が望まれています。
もう1つは、がんへの攻撃を抑制する免疫細胞(腫瘍随伴マクロファージや制御性T細胞など)を仲間にして攻撃を抑制する免疫逃避です。
自分たちへの攻撃を抑制する仕組みを逆手に取って「免疫逃避」している点で、がんの「免疫チェックポイント」の利用と似ています。
これにより、攻撃部隊のCTLやNK細胞だけでなく、T細胞に攻撃対象を伝える樹状細胞の働きを抑制してしまいう機構が分かってきています。
このようにがんは様々な方法でがん免疫を回避しており、現在その方法の解明と治療法の開発が同時並行で行われており、新しい治療法の開発に期待がかけられています。
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